タイトルの通り色付きジョーンズ多項式の尻尾に関して簡単な説明を書きたいと思います. 出来る限り雰囲気が伝わるように書くつもりなので, 数学的に正確な内容が知りたい方はご自身で関連する論文などを参照して下さい. 出典などは雑になりますがチラ裏だと思ってご容赦ください.
次のような流れで話します.

  • 色付きジョーンズ多項式とは
  • 結び目から生える色付きジョーンズ多項式の尻尾
  • 再生する尻尾
  • 尻尾の形, 成長速度, 種類

色付きジョーンズ多項式とは

ここでは, 簡単に色付きジョーンズ多項式について振り返ります. 色付きジョーンズ多項式とは,

  • colored Jones polynomial の和訳です. たまに CJP などと略記したりします.
  • $q$ を変数とする Laurent 多項式環に値をもつ結び目や絡み目の不変量の族で, その族は非負整数か正整数で添字付けられます.
  • 結び目 $K$ に対して $\lbrace J_{K,n}(q)\rbrace_{n}$ や $\lbrace J_{K}(n)\rbrace$ と書いたり, 状況によって適した書き方をします.

このままでは何も情報が無いに等しいので, もう少し詳しく書きます.
まず, 次の事実を共有しましょう.

Theorem (Reshetikhin-Turaev 1990) 複素単純 Lie 代数 $\mathfrak{g}$ に対して, その $\mathbb{C}$ 上の有限次元表現たち $V=\lbrace V_{i}\rbrace_{i=1,2,\ldots,l}$ で枠付き絡み目 $L=L_{1}\sqcup L_{2}\sqcup \cdots \sqcup L_{l}$ の各成分を色付けすることで量子不変量 $J_{L,V}^{\mathfrak{g}}(q)$ が得られる.

ここで枠付き絡み目を表現で色付けると言いましたが, これは各絡み目成分と表現の組を考えると思って下さい. また, 単純 Lie 代数の表現と言いましたが, 正確にはその量子群の表現のことです. そして, 表現の直和に関してはそれぞれの表現から得られる量子不変量の和で書けるので, 基本的には既約表現で色付けすることを考えます. (表現で色付けするというよりは split Grothendieck group で色付けして色付けに関する線形性が成り立つと言った方がすっきりするのかもしれません.)

まあとりあえず大切なことは, “何かいい感じの代数とその表現を持ってくると, 結び目の不変量が得られる” ということです. このようにして得られる結び目の量子不変量を量子 $(\mathfrak{g},V)$ 不変量と呼びます. ここでは $(\mathfrak{g},V)$-色付きジョーンズ多項式と呼びます. さて, 一般に色付きジョーンズ多項式 $J_{K,n}(q)$ と呼ばれる結び目の不変量は $\mathfrak{g}=\mathfrak{sl}(2;\mathbb{C})$ と, その $(n+1)$-次元の既約表現 $V_{n+1}$ から構成される枠付き結び目の量子不変量 $J_{K,V_{n+1}}^{\mathfrak{sl}_{2}}(q)$ を適当に正規化したものです.

Remark $q$ のとり方や正規化の仕方などによって, 論文や教科書によって定義が微妙にずれるので気をつけてください. たとえば, ここでは $(n+1)$-次元既約表現から得られる量子不変量を $n$ の添字を付けましたが, $n+1$ で添字を付けることの方が多いと思います.

以下では, 次のような色つきジョーンズ多項式の定義を用います.
まず $\lbrace J_{K,n}(q)\rbrace_{n}$ により $(n+1)$-次元の既約表現 $V_{n+1}$ で色付けされた枠付き結び目の色付きジョーンズ多項式を表します. 正規化としては, $U$ を $0$-framing の自明な結び目としたときに

\[J_{U,n}(q)=-q^{\frac{1}{2}}-q^{-\frac{1}{2}}=(-1)^{n}[n+1]\]

の値をとるように定義します. ここに現れる $[n+1]$ は量子数と呼ばれるもので $[n]=(q^{\frac{n}{2}}-q^{-\frac{n}{2}})/(q^{\frac{1}{2}}-q^{-\frac{1}{2}})$ により定義します. 絡み目 $L$ に対して $J_{L,n}(q)$ と書いたら $J_{L}(V_{n+1},V_{n+1},\ldots,V_{n+1})$ を指すことにします. ちなみに, $n=1$ の時が枠付き結び目のジョーンズ多項式で

\[J_{U,1}(q)=-q^{\frac{1}{2}}-q^{-\frac{1}{2}}=-[2]\]

です.

Remark ジョーンズ多項式, 色付きジョーンズ多項式には $q$ 以外にも色々な変数 $A$, $t$, $v$ などが使われます. 私は $q$ を上のように定義して, $A^{4}=q$, $t=q^{-1}$, $v^{2}=q$ という変数を使いますが, 人によって色々な定義が混在しているので注意してください. ちなみに, 私の定義だと $q=\exp(2\pi/r)$ として得られる閉 $3$ 次元多様体の Witten-Reshetikhin-Turaev 不変量が level $k=r-2$ の $SU(2)$ TQFT 表現に対応しているんだと思います (が色んな文献をみるとそうっぽいというだけで詳しいことは何も知りません).

始めに述べたように, これまで色付きジョーンズ多項式を何となく $q$ を変数とする Laurent 多項式として扱ってきました. しかし, 色付きジョーンズ多項式を定義するときには $\mathbb{Q}(q)$ や $\mathbb{C}(q)$ などの一変数有理函数体に値をとるように定義します. このように定義した色付きジョーンズ多項式が実は $\mathbb{Z}$ 係数の Laurent 多項式に入るというのが以下に述べる Integrality Theorem によって知られています.

Integrality Theorem for CJP (Lê 2002) *単純 Lie 代数 $\mathfrak{g}$ とその既約表現 $V$ に対して, 枠付き絡み目 $L=L_{1}\sqcup L_{2}\sqcup\cdots\sqcup L_{l}$ の色付きジョーンズ多項式を $J_{L}^{\mathfrak{g}}(V_{i_{1}},V_{i_{2}},\ldots,V_{i_{l}})$ とする. このとき,

\[J_{L}^{\mathfrak{g}}(V_{i_{1}},V_{i_{2}},\ldots,V_{i_{l}})\in q^{\frac{P}{2}}\mathbb{Z}[q^{\pm}].\]

ここで, $P$ は Linking matrix と $\mathfrak{g}$ によって定まる有理数.*

この Integrality Theorem に関しては, 色付きジョーンズ多項式と $3$ 次元多様体に関しての論文があるので, またそれらを読んだら記事を書こうと思います.

結び目から生える色付きジョーンズ多項式の尻尾とは

結び目や絡み目 $K$ に対して色付きジョーンズ多項式という非負整数でパラメトライズされた多項式不変量の族 $\lbrace J_{K,n}(q)\rbrace_{n}$ が定義さることを前節で述べました. 本節では, この色付きジョーンズ多項式には尻尾が生えていることを見ましょう. 色付きジョーンズ多項式の tail (ここでは尻尾と訳しました) は Dasbach-Lin 2006, Dasbach-Lin 2007 においてその存在が予想され, Armond 2013Garoufalidis-Lê 2015 によって独立に証明された色付きジョーンズ多項式のある種の極限です. この極限は $q$ を変数とする $\mathbb{Z}$ 係数の形式的べき級数として与えられます. まず, 色付きジョーンズ多項式を Integrality Theorem によって $\mathbb{Z}[q]$ の元となるように正規化します. つまり, $\delta_{L}^{*}(n)$ を $J_{L,n}(q)$ の最低次数としたとき

\[\begin{align*} \hat{J}_{L,n}(q)&=\pm q^{-\delta_{L}^{*}(n)}J_{L,n}(q) \\ &=a_{0}+a_{1}q^{1}+a_{2}q^{2}+\cdots \end{align*}\]

として正規化します. 符号は $a _ {0}>0$ となるように取ります. ちなみに Integrality Theorem より $a _ {i}\in\mathbb{Z}$ となります.

あまり定義をごちゃごちゃ述べても意味がないので, 具体例で説明します. Figure-eight knot $K=4 _ {1}$ の色付きジョーンズ多項式 $\hat{J} _ {K,n}(q)$ の係数を次数の低い順に並べます. Walsh 2016 より引用します. (この論文における $q$ はこの記事の $q^{-1}$ ですが鏡像と元の結び目は一致するので問題ありません. しかし, この表に使われている正規化が本当に $J$ ではなく $\hat{J}$ なのか確かめていないので少し不安です. どちらにせよ stability を見ることが出来るのであまり気にせずに引用することにします.)

$q$ の次数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
n=2 1 -1 -1 0 2 0 -2 0 3 0 -3 0 3 0 -3 0
n=3 1 -1 -1 0 0 3 -1 -1 -1 -1 5 -1 -2 -2 -1 6
n=4 1 -1 -1 0 0 1 2 0 -2 -1 -1 1 3 1 -2 -3

上の表を見ると, $q^{4}$ の係数までは全て一致して, $q^{5}$ までの係数は $n=3,4$ が一致している事がわかります. 実は, ある結び目や絡み目に関してはこのような性質を持つ事が知られています.

Theorem (Armond 2013) $A$-adequate link $L$ に対して, $q$-series $\Phi _ {0}(q)=\lim _ {n}\hat{J} _ {K,n}(q)\in \mathbb{Z}[[q]]$ が存在して

\[\hat{J} _ {L,n}(q)-\Phi _ {0}(q)\in q^{n+1}\mathbb{Z}[[q]]\]

が成り立つ. この $\Phi _ {0}$ を $\lbrace\hat{J} _ {L,n}(q)\rbrace _ {n}$ の tail (尻尾) と呼ぶ.

つまり, いい感じの絡み目に対しては $\hat{J} _ {L,n}(q)$ と $n$ 番目まで係数が一致する尻尾 $\Phi _ 0(q)$ が生えている という事です. 上の例では,

$q$ の次数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
$\Phi _ {0}$ 1 -1 -1 0 0 1 0 1 0 0 0 0 -1 0 0 -1

となります.

再生する尻尾

トカゲなどには尻尾を自切して再生する種類のものがいます. トカゲによっては再生しない者もいれば, もしかすると何回尻尾を切っても再生するトカゲもいるかもしれません. このように色付きジョーンズ多項式の尻尾も切っても, また生えてくることがあります. ある結び目や絡み目の色付きジョーン多項式の尻尾が $k$ 回再生するときに, その色付きジョーンズ多項式が $k$-stable と言います. 実際にその様子を上の例で見てみましょう.

$q$ の次数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
n=2 1 -1 -1 0 2 0 -2 0 3 0 -3 0 3 0 -3 0
n=3 1 -1 -1 0 0 3 -1 -1 -1 -1 5 -1 -2 -2 -1 6
n=4 1 -1 -1 0 0 1 2 0 -2 -1 -1 1 3 1 -2 -3
$\Phi _ {0}$ 1 -1 -1 0 0 1 0 1 0 0 0 0 -1 0 0 -1

それぞれの色付きジョーンズ多項式から尻尾を切り落とします. つまり,

\[\hat{J} _ {L,n}(q)-\Phi _ {0}(q)\]

の係数を並べてみましょう.

$q$ の次数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16
n=2 0 0 0 0 2 -1 -2 -1 3 0 -3 0 4 0 -3 1
n=3 0 0 0 0 0 2 -1 -2 -1 -1 5 -1 -1 -2 -1 7
n=4 0 0 0 0 0 0 2 -1 -2 -1 -1 1 4 1 -2 -2

となります. 次に $n$ の係数を左に $n$ 個ずらします. つまり,

\[q^{-n}(\hat{J} _ {L,n}(q)-\Phi _ {0}(q))\]

の係数を並べます.

$q$ の次数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
n=2 0 0 2 -1 -2 -1 3 0 -3 0 4 0 -3 1
n=3 0 0 2 -1 -2 -1 -1 5 -1 -1 -2 -1 7  
n=4 0 0 2 -1 -2 -1 -1 1 4 1 -2 -2    

また, stability が現れました. なんと尻尾が再生しました. よって再生尾

\[\Phi _ {1}=\lim _ {n}q^{-n}(\hat{J} _ {L,n}(q)-\Phi _ {0}(q))\]

を定義する事が出来るわけです. このようにして, 尻尾が $k$ 回再生するときに $k$-stable と言い, 何回でも再生する時に stable と言います.

Theorem Garoufalidis-Lê 2015 交代絡み目 $L$ に対して, $\lbrace\hat{J} _ {L,n}(q)\rbrace _ {n}$ は stable.

交代絡み目は $A$-adequate です. また, 実際の stability の定義は安定性の範囲が $n$ と固定されているわけではないので少しだけ違います.

尻尾の形, 成長速度, 種類

色付きジョーンズ多項式の尻尾として $q$-series が出てきたわけですが, この $q$-series がどんな形をしているかは当然気になってくると思います. 例えば, $(2,2m+1)$-トーラス結び目では theta series として, $(2m,2)$-トーラス絡み目では false theta series を用いて書ける事が知られています. さらに, Garoufalidis-Lê 2015 では, この尻尾の形が Generalized Nahm sum で書ける事が示されています.

この他にも, 先ほどの例では $n=2,3,4$ は $4$ 番目まで係数が一致していました. このように, 再生する速度は絡み目によって違ってきそうです. このような再生の速度を調べるのも面白そうです.

また, $\mathfrak{g}=\mathfrak{sl} _ {2}$ 以外の場合でも尻尾が存在するのかは気になるところです. これに関して, トーラス結び目に関してはランク $2$ の単純 Lie 代数の色付きジョーンズ多項式が stable である事が Garoufalidis-Vuong 2017 で示されており, Yuasa 2018 で $(2,2m)$-トーラス絡み目の $(\mathfrak{sl} _ {3},V _ {(n,0)})$-色付きジョーンズ多項式の $\Phi _ {0}$ を明示的に求めています. (現在, Armond 2013 の結果の $(\mathfrak{sl} _ {3},V _ {(n,0)})$-色付きジョーンズ多項式への拡張を書いているのでそのうち追記します.)